水俣病記念講演会―ともに生きていく―

2014年5月13日 12時56分 | カテゴリー: 活動報告

水俣病特有の症状がありながら、現地を離れてしまったために、情報が届いていなかったり、水俣病被害者救済法(特措法)の対象外とされている被害者の検診が、11日に都内で行われたと報道がありました。ミナマタは現在進行形です。5月6日の水俣フォーラム「水俣病記念講演会」では、ミナマタが解決しないまま、フクシマが起こってしまったことが、口々に語られました。

 当事者である杉本肇さんは、生まれた時から入退院を繰り返す祖母、かわいがってくれた祖父の死、入退院を繰り返す母に代わって4人の弟の世話をしてきた体験を話しました。熊本県では小学校5年生が、水俣病について学び、市立水俣病資料館で語り部から話を聞きます。杉本さんは現在、その語り部となり語り継いでいるのです。

現在「報道ステーション」のコメンテーターである中島岳志さんは、遠く離れた地で東日本大震災の映像を見て、フクシマ原発事故を目の当たりにして、水俣病に関わる姿勢もより深くなったと話していました。当時、海外で報道されていた真実が、日本国内では報道されていなかったと思われます。水俣病でも事実の隠蔽が、被害を拡大しました。やはり、語り継ぐことの大切さを訴えていました。

大学教授であり、水俣病資料館の名誉館長である丸山定巳さんは、企業を頂点とした地域の権力構造が、事実を隠蔽し、被害が拡大、問題解決を遅らせた。水俣市のチッソが、フクシマでは東電であったと指摘していました。

 社会学者の上野千鶴子さんは、人災であり、否認と隠蔽があり、選別があって、共同体の内の差別となる。さらに、記録の不在と情報の操作・隠蔽が行われている。国家は人を守ってくれない、国家の安全保障より、人間の安全保障こそ必要だと語ってくれました。

今、フクシマで被曝した人たちも避難した人・しなかった人、補償してもらえた人・もらえなかった人の分断が起こっているのではないでしょうか。ミナマタの問題を通して、フクシマを今一度考えるとどちらも社会問題として語り継ぎ、二度と起こさないための教訓にしていかなくてはなりませんね。

講演会の協賛団体である生活クラブ生協では、水俣のきばるがつくった甘夏の取り組みがあり、購入を呼びかけるときに水俣病についても話をしています。昔の話でも、遠いところの話でもありません。誰もができることは、知ること知らせることです。